神様ノ子守唄

 

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-Story-


-story-


雪那町に夏が訪れた。
青い空と白い雲、むっとした熱気が大地を包み、強すぎる日差しが肌を焼く。

都心より少しだけ高い気温と湿度。
そんな雪那町の夏を、光吉は自堕落に過ごしていた。

寝て起きるだけの毎日、怠惰な生活が何よりの幸せ、たまの外出は煙草の買出し。
不健康な夏休みを満喫しつつ、エアコンのありがたさを身体全体で感じつつ、ただひたすらに寝続ける。

どう見てもごく普通の駄目学生。
そんな彼には特異な能力が一つ有る。


――異常なまでに鋭い勘。


二者択一、取捨選択、人生における『選択』という機会において発現する特殊能力。
未来予知にさえ等しい勘、結果を見抜く小さな奇跡。

――なんとなく、そんな気がする。
それが彼の能力で、彼の全て。


そんな『勘』を持つからこそ、平々凡々とした毎日を幸せだと思う光吉。

何より今は夏休み。
トラブルメイカーも帰省中、今だけは穏やかな時を過ごしたい。

そんな風に思う光吉、それを無視してざわめく勘。
そんな彼を騒動に巻き込む一人の女と、そして――銀色の銃、永久武装。


この物語は彼らが織り成す自堕落な日常。
感情と感情が交差する、不思議で切ない夏休み。






-キミに捧げる鎮魂歌-


傾きかけた陽光が寂しげな陰影を紡ぎだす。
埃まじりの風がむっとした熱気を纏いながら頬を撫でる。

家に帰ったらまずはシャワーだ。
そんな事を思いながら、女はその場に腰を下ろした。
汗ばんだ頬を腕でなぞる。
……鬱陶しい。
女は目を細めると不快そうに髪をかきあげ、取り出した煙草を咥えた。
火を付けずにぷらぷらと揺らしながら、目の前に広がる景色を眺める。

捨て置かれた機材、それから伸びる影法師。
広がる荒地は酷く寂しく、生活の匂いを感じない。

それは本来なら集合住宅と化したはずの空間。
施工主の逮捕、建築会社の倒産。
滅多に重ならない珍事が続き、その結果、生み出されるはずの家は消え、酷く寂しげな場所へと姿を変えた。

まさしく、黄昏。
女は目の前の光景にそんな印象を抱きながら、眉を顰め、肩を押さえた。

美しい女だ。
すらりと伸びた体躯、引き締まるべきところは締まり、象徴すべき部分は充分に、理想的なラインを描いた身体は良く言えばモデル体型などと言われるそれであり、敢えて悪く言うとすれば『デカ女』などと言えるかもしれない。

若干ウェーブのかかった髪は日の光を受け橙に染まり、燐とした容貌に光を添える。
それは花のように広がり、女の手と肩へ静かに触れた。
その様を億劫そうに睨み付け、すぐに目線を空へ戻す。

髪を花に例えるなら、瞳は炎だ。
疲れきった表情にも負けない輝き、青空を、もしくはそこに見据えた何かを睨み付ける眼差しには強い光が見て取れる。

ジッ、と音を立ててライターを擦る。
灯された火を煙草に移し、溜息代わりに紫煙一吐き。

「くそっ……」

女は呟く。
悔しそうに顔を歪め、苛立ちを隠さず土を蹴り、ただただ紫煙を吐き出した。

不自然な光景。

美しい女だ。
そんな彼女がこのような場所にいること、その顔を怒りで染めていること。
その身に纏った服が埃に塗れている事も――所々破れ、血が滲んでいることも。

全てが、不自然極まりない姿だった。

「ちくしょう……覚えてなさいよ」

此処には居ない誰かへの恨み言。
憤怒に染まる表情。
それが悲しみへと色を変え、また、怒りの色を取り戻す。

胸を支配する喪失感。
ただただ湧き上がる寂しさ――それを招いたのは自分自身。

悔しい。
全ての感情が悔しさに変わり、女の身体を包み込む。

「……ん?」

風が、止まった。

――その姿が、辛そうに見えたからか、その傷の痛々しさ故か。

全ての音が薄まり消える。

――それは、彼女の事を気にかけた。

空間が揺らいだ。
全てが、言葉では言い表せない違和感だった。


「……っ!?」

女は唐突に顔を上げ、目の前の空間を凝視した。
抱いた感覚を信じられずに、だからこそ微かな期待を覚え。
自分自身の姿よりも不自然な、独特の『ゆらぎ』を見据えて……。


「嘘でしょ……」


戸惑いの色が跳ね返る。
何も無い空間、女はそこに違和感を覚え、戸惑いを感じた。
そしてまた、目の前のそれも同じように戸惑いの感情を向けてきた。

――僕に、気付いた?

空間の震えが女に伝わり、困惑の心がゆらぎに還る。

戸惑いと戸惑いが、交差する。

そこにあるのは只の『ゆらぎ』
不可視の違和感、形無き感情。

優しさを纏った、勇気の欠片。

「……なるほど」

『忘れて』しまったんだ。

女は理解した。
それは強さ故の運命。
忘却した存在、常識外の出来事が生み出す末路。
『ゆらぎ』

「……アンタ、人間よ」

『ゆらぎ』が震える。

「いや、人間だった、が正しいか……凄いわ、ここまで『忘れて』しまった存在、早々出会える物じゃない」

女は傷を押さえながら立ち上がり、まっすぐに『それ』を見据えた。

鼓動が高鳴る。
戸惑いに染まる勇気の波動。
何も無いはずの空間、そこに広がる不可視のそれ。

逸材だ。

「そのまま此処に居るの、嫌でしょう? 私なら力になれるけど」

思わず笑みを浮かべながらそれを見る。
気配が徐々に濃さを増し、ゆらぎがそこに型を成す。
思考と感情を思い出し、それは……。

「信用なさいな、悪いようにはしないから……ちゃんと成仏させてあげる」

人の姿を、取り戻す。

確信と期待を胸に抱き、女は静かに微笑んだ。

美しい女だ。
だが……その笑みは、なんとも形容しがたいほどに歪みを含んだ笑みだった。

「ただ……その前に、少し手伝って欲しいだけ」

土埃が舞い上がり、世界を赤茶に染め上げる。
何も無い空き地の真ん中に一人の女が立っている。
その目の前には、不可視の少年。
彼の目をじっと見つめながら、女は一言呟いた。


「私に力を貸しなさい」



暑くて熱くて堪らない、真夏日の午後の事だった。












――next




黒曜の夢が終わりを告げる。



現実と幻想の狭間、そんな場所に光吉は立っていた。

それはごく普通の日常。
立ち上る陽炎、照り付ける太陽。

見慣れた夏の町並み、その中に一人、見慣れない人影。



――それは、純粋な恐怖。



感じたのは不安、底知れない不信。
怪しい、と思った。
不気味だ、と感じた。
ただ、それだけだった。



――何も分からなかった。



言いようの無い不安、それを発するのは勘じゃない。
今まで生きてきた経験が、光吉自身がそれを叫ぶ。

言い表せない恐怖、ただ、それだけ。
他に感じる物は無い。



――勘さえも何も答えない。



頬を伝う冷や汗。
驚愕に固まる光吉に……人影は静かに呟いた。





「――さあ、物語を始めましょう?」







 

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